声を戦略的に使う
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1.「声」は重要なコミュニケーション・ツール
2011年8月30日(火)
◆カリスマ経営者はプレゼンの名手
先般、アップル社のCE0を辞任したスティーブ・ジョブズ氏は、カリスマ経営者であると同時にプレゼンテーションの名手として知られていた。世の中を変えるという情熱と自社製品に対する絶対的な自信を持ち、それを魅力的なストーリーに仕立て、観客を熱狂させる最高のパフォーマンスを演じ、一時代を築いた。「とても真似できない」とあきらめてはいけない。
彼も生まれつき超人的なプレゼンターだったわけではない。伝えたいその製品の魅力を、どんなキーワード、メッセージを選び、どのようなシナリオを描き、どんな見せ方、話し方で伝えるか、周到に準備を積み重ね、手を抜かずに突き詰めていった結果が数々の伝説のプレゼンテーションとなり、そのプロセスで駆使されたテクニックは誰でも学び、身につけることができるものだ。
◆「声の変化」で訴える
ここでは、ジョブズ氏の「声の使い方」に注目してみよう。彼は声の変化のつけ方が、とにかくうまい。たとえば、静かに厳かにゆったりと語り始めたかと思うと、いよいよ主役の製品が登場するあたりで、徐々に力強く、張りのある声となり、製品が画面に映し出されると、一転、たたみかけるようにテンポアップし、その利点を熱く軽やかに語っていく。もちろん、観客への問い掛け、「おわかりですね?」「そうでしょうか?」などの後に、十分な間を置き、反応を引き出すことも忘れない。
一番伝えたいメッセージに差しかかったときに、わざとささやくように声をひそめ、期待感を膨らませる、という技も使っている。これにアイコンタクトやジェスチャー、スライドやデモなどのビジュアルも加わるのだから、その場が盛り上がらないわけはない。
◆ストーリーに合わせ使い分けを
ジョブズ氏の場合は、絞り込んだ短くてインパクトのあるキーワードを繰り返し使い、盛り上げているが、声に変化のない人がしたならば、単調で退屈なものになってしまうだろう。声は重要なコミュニケーション・ツールである。プレゼンテーションソフトの作成にばかり、時間を掛けるのではなく、ストーリーに合わせて、声を戦略的に使いわける「声のシナリオ」も描いてみよう。観客の反応が変わってくるはずだ。
2.存在感のある声
2012年6月4日(月)
◆「教養は声に出る」
昭和を代表する写真家・土門拳氏が残した名言に、「気力は眼に出る、生活は顔色に出る、教養は声に出る」というのがある。声は確かに、その人物の本質、人間性を表すものだ。そして、その人の印象を大きく左右する。存在感のない声は、その人間をも小さく軽く見せ、存在感のある声は、大きく落ち着きのある印象を演出してくれる。先ごろ、「あなたの強みである、低く安定した声を活かせば、経営者としての器がより大きく見えるはずだ」とアドバイスした若手経営者から、「クレームが減った」「下請け仕事から脱却できた」という成果報告が届いた。
◆声の基礎体力を向上させ磨きを掛ける
この経営者は30代、起業家でもある。同業他社にはない、新しいサービスを展開しようとしているところだ。本来、話し好きなのだが、押しが弱いのか、商談でも相手に押し切られてしまうことが多いと悩んでいた。もっと声や話し方のレベルを上げて、自分自身と自社のイメージを高めたい、という目標に向けて、まず、腹式呼吸や滑舌、発声練習など、基本的なボイストレーニングに取り組むようアドバイス。
声の基礎体力を向上させながら、同時に、自分本来の声に磨きを掛けていったのである。彼の場合は、実は、低音部がよく響く、恵まれた声を持っていたのだが、声が安定せず、それを十分に活かせていなかった。サービス精神旺盛で、言葉をたくさん連ねてしまうため、早口となり、間がなく、息も浅くなるので、声が上ずり、余裕がない、落ち着きがないという印象を相手に与えていた。
◆人物の器にふさわしい声
以前は、取引先から言いがかりのようなクレームを受けた際も、相手の勢いに気圧されて、とにかく謝ることに終始していたのが、落ち着いた深い声で、冷静に言葉を選びながら対応したところ、一方的に責められていた従来の力関係から抜け出すことができ、クレームも減ったという。
また、条件の厳しい下請け仕事も断り、新サービスの営業に力を注ぐことができたことが、結果的に売上アップにもつながった、とのことであった。もちろん、声以外の努力の積み重ねもあっての成果であるが、声が相手に与える印象は侮れない。「声の存在感」は、その人物の器に比例するとしたら、あなたの声は、あなたの器にふさわしいだろうか。
3.聴衆を聞く気にさせる「姿勢」と「声」
2012年11月12日(月)
◆安定した演説姿勢で力強さをアピール
アメリカ大統領選挙の候補者の映像を頻繁に目にしていたせいか、日本の「政治家の姿勢」が気になった。「姿勢」と言っても、心構えや取り組みのことではなく、身体の姿勢のことである。オバマ、ロムニー両候補とも、演説のときの姿勢が良かったからだ。腕を広げたり、手を振り上げたり、対立候補を批判するくだりでは、指を立て激しく手を動かしたりと、ジェスチャーが入っていても、上体がぶれず安定しており、これぞ「力強いリーダー」というイメージを演出していた。
◆見た目の印象に気配りを
一方、日本の政治家の演説や記者会見時の姿勢で気になるのは、前のめりになって演台に両手をついた格好だ。一見、熱心に聴衆に語りかけるスタイルのように見えるのだが、徐々に片方の肩が持ち上がり、身体が傾いてくる。傾いた身体で下から見上げるように、あごを上げて聴衆を見るので、不機嫌で威圧感を感じる表情に見えてしまうのだ。
また、これだけ姿勢が悪くては、口が開きにくく滑舌が悪くなるのも当然で、ぞんざいな話し方という印象を持たれる危険性もはらんでいる。政治家でなくても、パブリックな場で話をする場合には、見た目の印象に気を配りたい。服装がどうこうではなく、目の前の人を聞く気にさせるような安定した姿勢や表情を心掛けるということだ。良い姿勢のためには、左右の肩甲骨を背中の中心線に寄せるようにして背筋を伸ばし、土踏まずあたりに重心を置いて立つとよい。
◆重要な「語り始めの声」
聴衆を聞く気にさせる重要な要素がもう一つある。語り始めの声、第一声だ。自分の声に何の注意も払わずに「とりあえず」話し始めている人が多い。最初の一声で、聞く人の関心を惹くことができるか、話し手の熱意や存在感を示せるかが、決まるというのに-。「第一声に自分の一番良い声を用意する」という意識が必要だ。「一番良い声」というのは「作った声」「飾った声」ではない。
その人にとって、最も伸びやかな声だ。4~5メートル先の人を穏やかに呼び止めるときの声のトーンと勢いを思い出してほしい。「○○さん、おはようございます!」、声が前に明るく力強く出ているはずだ。その声をイメージすれば、声を伸びやかに前に出す感覚をつかめる。関心を持って聞いてもらうためには、声も姿勢も表情も意識して整えることが大切で、心掛けたいものだ。
4.「声で握手」するつもりで声を届ける
2013年9月5日(木)
◆声が話し手の印象を左右
最近、パブリックな場で自分が立てる音に配慮が足りない人が増えたと感じる。その音が周りに不快感を与えないかということに鈍感過ぎる半面、「モテ声」が話題になるなど、心地よく響く音(声)に敏感に反応する風潮もある。ちまたに不快な音があふれている反動で、数少ない良い音(声)が際立つということだろうか。ビジネスシーンでも声に無頓着な人が多いが、何気なく発している声が実は話し手の印象を左右したり、相手への伝わりやすさに影響を与えている。
◆声次第で何通りにも演出
筆者は声を発するときには「声で握手」するようなつもりで、とアドバイスしている。「声で握手」とは「こ:こちらから」「え:笑顔で」「で:できるだけ明るい声で」「あ:相手に届くように」「く:工夫する」「しゅ:習慣」ということである。こちらから発するその一声を、笑顔を感じさせる明るい声で、相手に感じ良く届くように工夫することを習慣にしよう、という意味だ。
声の大きさ、高さ、速さ、共鳴ポイント、抑揚などを工夫すれば、あいさつ一つ取っても、伝えたいイメージに合わせて何通りにも演出することができる。例えば、「おはようございます」。やや高めのトーンで眉間から額あたりに声を響かせるようにして発すると、「明るく前向きな」印象になり、低めのトーンを胸に響かせるように発すると「温かく落ち着いた」印象の声になる。声で弧を描くようにゆったりと抑揚をつければ「安心感や包容力」を感じさせる。
◆相づちにも工夫を
相づちも工夫したい。よく使う「そうですね」も、声の使い方次第で相手に誤解を与えてしまうこともある。「同感です」の意を伝えるときに軽い声の調子では、気のない返事と取られかねない。相手の目を見てうなずきながら、しっかりと声を張り、語尾まで丁寧に音を置くようなつもりで声に出してみよう。また、相談に乗っている場合の相づちなら、声を胸に響かせ、ゆっくりとした口調、語尾でやさしく息を吐くような「そうですね」が相手への「思いやり」や「共感」を伝えやすい。
声は潜在意識に働き掛けるもの。伝えたい気持ちが誤解なく伝わる声は何よりの強みになる。相手の心の扉をノックし、信頼を築く一歩を踏み出すような気持ちで声を整え、気持ちを乗せて届けられれば、反応が変わってくるはずだ。
5.伝わる声のための朝の5分
2014年5月19日(月)
◆しっかり届く声を
どんなに感動的な話であっても心に響いてこない、聞く気にならない場合がある。それは、話し手の声がまるで届いてこないときだ。「声を届ける」「声で伝える」という意識が希薄で、独り言のような小さな声であったり、張りのない、暗く単調な声であったり、滑舌が悪く言葉が聞き取れない声などは、聞こうとすること自体がストレスになり、聞き手の集中力をそいでしまう。「話の内容が良ければ聞くはずだ」「熱意があれば聞いてもらえる」と思うのは大間違いである。声の印象は聞き手の関心度を左右する。相手にしっかりと届く声を用意するというのも、成功のために欠かせない要素だ。
◆実践できるボイストレーニング
しかも、声はちょっとした心掛けで磨くことができる。忙しい人にも実践できるボイストレーニングとして毎朝、新聞を声に出して読んでみることをおすすめしたい。ここではコラム欄を使った効果的なトレーニング方法をご紹介しよう。最初に黙読をして、文の構成、内容、キーワードをざっとつかんでおく。次に、自分に語り掛けるつもりで声に出して読んでみる。この段階では小さな声で構わない。頭で理解した内容を声に出してみて、自分自身を納得させることができるか、言葉がちゃんと伝わってくるかを確認する。
そして、もう一度、声に出して読むのだが、この2回目のときは、2メートルぐらい先に読み聞かせるべき相手がいると想定し、その相手に届く声で読んでみる。そうすると、声の張りや速度、間の取り方、抑揚などに自然に変化が生まれるはずだ。できれば録音して聞き比べてみるとよい。コラムが約600~800文字程度だとすると、1回当たり2分程度で読める。最初の黙読を入れても、このトレーニングの所要時間は約5分。
◆最大のプレゼンテーションツール
毎朝の5分で、聞き手を意識した声が出るようになる。もちろん、朝の音読で舌の回りもよくなり、脳が活性化し、一日のスタートがスムーズになることは間違いない。声は意識を聞き手に向けるだけで変わってくる。声が変われば、伝わりやすさは格段に変わる。そして、自分の思いや考えが伝わりやすくなれば、人生が変わる、と言っても決して過言ではない。誰もが聞き入ってくれる、伝わる声は、最大のプレゼンテーションツールなのだ。
6.「声の表情」豊かにプレゼン効果を上げる
2014年9月22日(月)
◆井上ひさし氏のモットー
「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く・・・」、作家の井上ひさし氏は生前、執筆の際にモットーにしていたそうだ。筆者はこれを話すことに置き変えて「難しいことを易しく」は、専門分野や一般的には知られていない話を易しい例えやエピソードなどを用いて関心を引くように伝えること、「易しいことを深く」は、一見、単純そうな話を掘り下げて話すことで本質の部分を理解してもらうこと、「深いことを面白く」は、壮大なスケールの話を身近な事象に置き換えて話すなど興味を増幅させる工夫、と解釈している。
◆深く理解していなければ、実行できない
ただし、このモットーは、伝えるべきことについて自身が深く理解していなければ実行できない。日頃、「専門用語を使わないと説明できません」「資料を読んでいただければ分かります」「一般の方には理解しづらいと思いますが」のような言い訳を説明の枕詞にしていないだろうか。実は、その道の第一人者のような人は、誰にでも分かる易しい表現で、本質を外さずコンパクトにまとめて、素人の興味を引くように説明できるものだ。筆者もノーベル賞を受賞した科学者が、小学生相手にわかりやすく講義をしている様子を見て感心したことがある。
◆「30秒」を意識して話す
さて、あなたは自分や自社の強みや専門分野について、一言で、分かりやすく、本質も外さず、相手の印象に残るように語ることができるだろうか。ここで筆者がプレゼンテーションの講義で取り入れている要約トレーニングをご紹介しよう。「一言で本質をズバリ語る力」を付けるためのステップだ。ある資料を読み込み、その要旨を他の受講者に自分の言葉で説明するというものだが、最初は「1分」にまとめて伝え、次にそれを「30秒」に縮めて伝える。
内容を十分に理解し、要点を頭の中で再構成させることができないと1分でも時間が足りない。さらに30秒に縮めるとなると、「内容を絞り込み、最重要な情報から伝えていく」と同時に「ここでの問題点を一言で言えばこういうことだ」と的確に言い換える力も求められる。また、声の表現力やジェスチャーなども30秒を効果的なプレゼンにするために欠かせない要素になる。いつでも自分や自社についてミニプレゼンテーションができる準備があれば、ビジネスチャンスは広がるはずだ。まずは朝礼や会議などで、「30秒」を意識して話してみてはいかがだろうか。
7.見た目や声も説得力
2015年7月13日(月)
◆誠実な印象は内容をカバーする
あるプレゼンテーションの審査をしたときのことである。持ち時間は各人わずか5分、60名ほどが次々とプレゼンテーションを行う。話し方やパフォーマンスを採点するものではなく、内容を審査するのだが、審査員が顔を上げて話を聞く5分とそうでない5分があった。事前の書類審査では評価が高くなかった内容であっても、本番で惹きつけられる発表者に共通の特徴は、まず、見た目の好感度だ。伸びた背筋、目の輝き、すっきりと整えた頭髪、プレスの効いた白いシャツなどは誠実さを感じさせ、審査員席に好ましく受け入れられていた。
◆ワンセンテンスを簡潔に
共通の特徴の2つめは、声が聞きやすいことだ。話し始めた声がクリアに耳に入ってくるだけで審査員の大半が手元の資料から顔を上げる。むやみに大きい声ではなく、マイクに乗る明るめの安定した声、明瞭な発音、適切に間を取った話し方で内容が自然に頭に入ってくる。また、「~で~、なので~」のように一文を長くつながず、主語から述語までに一つの情報がコンパクトにまとまっていると「何が言いたいのか」が明確に伝わってくる。語尾を「~です」と言い切っているのも、自分の言葉に責任を持つ姿勢が表れているようで、自信を感じさせた。さらに、事業効果が具体的な事例やデータ、エピソードなどで裏付けされていたり、小難しい言葉ではなく、実感のこもった言葉で語られるプレゼンテーションには説得力があった。
◆自信なさそうなしぐさはNG
逆に、本番で評価が下がるプレゼンテーションは、発表者が場にそぐわない服装や横柄とも感じられる態度であったり、声が聞き取りにくい、また、「経済のグローバル化が進む中、社会の課題が多様化しています」のような中身のない一般論を羅列しているなどだ。質疑応答時に目を合わせない、まばたきが多い、顔や髪を手で触るなどのしぐさも不信感を与えるので注意したい。ある人を評価するときに、その人の一部の特徴についての印象が全般的な印象を作り上げる傾向を心理学で「ハロー効果」と言う。評価者が着目した特徴によってその人の全体の評価が高くなることもあれば、全体の評価が下がってしまうこともある。見た目や声も説得力を高める重要な要素だ。身だしなみを整え、声の印象・効果を意識する、そのひと手間がその後の展開に大きな意味を持つ。