「時事通信社」発行の”コメントライナー”に話し方やコミュニケーションについて執筆しています。
県知事のパワハラ疑惑に思う
第8115号 2024年7月23日(火) [印刷用PDF]
◆一部公務中止、混乱拡大
筆者の住んでいる兵庫県が今、大きく揺れている。事の発端は3月中旬、西播磨県民局長の男性職員が斎藤元彦知事の「パワハラ」や「違法行為」などを告発する文書を報道機関などに郵送し、知事は「事実無根」「公務員失格」と局長を解任したことだ。前県民局長は公益通報制度を利用し、正式に内部通報したが、停職3カ月の懲戒処分となった。
その後、内部調査の中立性が疑問視され、県議会が強い調査権限を持つ「百条委員会」を設置。前県民局長は7月19日の百条委員会に証人として出席する予定だったが、7日に亡くなった(自死とみられている)。側近の副知事が「県政停滞の責任を取る」として辞表を提出。知事に対し県職員労働組合が辞職を申し入れるなど混乱が広がっている。県庁には非難や抗議の電話が寄せられ、中には脅迫めいたものも含まれるため、知事は一部公務を取りやめる事態に追い込まれている。
◆期待感に包まれたスタート
20年続いた前知事の県政を継承する元副知事を選挙戦で破り、県政刷新派の若い知事が誕生してから8月1日で丸3年。当初は選挙戦のしこりも少なからず残っていたであろうし、県政を進めるために毅然(きぜん)とした態度が必要なこともあったと思われるが、新しい県政への期待感もあり、批判的な報道を目にすることは全くなかった。
今回の件も最初は報道も表面的で、定年退職目前の幹部職員が知事への不満を内部告発という形で表面化させたという印象を持った。しかし、独自に県職員へのアンケート詞査を行った県議の報告などで実態が明るみになるにつれ、さまざまな職員の声を集め、事実関係も調べた上での告発だったのではと感じるようになった。
真相解明はまだこれからであるが、亡くなった前県民局長が残した陳述書や「死をもって抗議する」というメッセージ、疑惑に関する音声データが県議会に提出されているという。知事は、「県民から負託を受けており、県政を立て直す」「職員と信頼関係を築く」と繰り返し、辞職を否定しているが、憔悴(しょうすい)した表情から孤立している様子がうかがえる。
◆守れなかった公益通報者の命
「知事はコミュニケーション能力が不足していた」と、辞職を表明した副知事が会見で述べていた。筆者が会合などで知事を見かけた限りだが、あまりその場にそぐわないあいさつをしたり、アドリブ的な発言で場が静まり返ったりしたことがあった。知事として県民から求められているものと、知事自身の思いがずれていたのか、その場で期待されていること、相手の心情を読む配慮に欠けていたのか、余裕がなかったのか…。そんな傾向が部下に対しては、より強硬な態度となって表れていたのかもしれない。
ただ、今回の兵庫県の事件は「パワハラ疑惑」という枠組みで捉えられることが多いが、法を守るべき行政機関でありながら、公益通報した者の身を守れなかった点にも大きな問題があることを見逃してはいけない。筆者が公益通報制度について関心を持つきっかけが、この事件であったことが残念でならない。多くの県民が「早く混乱が落ち着いてほしい」「これ以上の悲劇が起きないように」と願っている。
聞く力が信頼を生む
第8067号 2024年5月20日(月) [印刷用PDF]
◆言葉を遮らず受け止める
NHK連続テレビ小説「虎に翼」は、日本で初めて弁護士になった女性をモデルにしたドラマである。時代設定は昭和初期で90年も前のことだが、慣習や法律の壁に立ち向かうヒロインの姿に自身の 経験や思いが重なり、共感することが多くある。
自らを反省する気付きもあった。発言することをいつもたしなめられてきたヒロインに、後に法学の師となる人物が「言いたいことがあれば言いなさい」と笑顔で促すシーン。言葉を遮られず、受け止めてもらえる。それがどれほど相手への信頼、自己肯定感につながるか、その感激が伝わってきた。
と同時に、自分を振り返ったとき、あのシーンのように相手の言葉を待ち、否定せずに、じっくり耳を傾けることが、最近出来ていなかったことに気付かされた。
コロナ禍のオンラインでの講義や研修では、双方向のやりとりを意識的に取り入れるようにしたが、話を深めるというより、表面的、予定調和的になりがちだった。加えて、動画配信などを1. 5倍速程 度で視聴する人が増えた影響で、「タイパ(タイムパフォーマンス、時間対効果)」が求められる傾向が強くあり、「間(ま)は無駄」「前置きや無言の時間は意味がない」というプレッシャーもあった。対面に戻った今も、聞くことへの意識を置き去りにしたままだったかもしれない。
◆信頼関係に欠かせない「聴く」と「訊く」
「きく」には、「聞く」(Hear)、「聴く」(Listen)、「訊く」(Ask)の三つがあるが、お互いの信頼関係を築くためのコミュニケーションには、「聴く」と「訊く」が大切だ。職場の心理的安全性のためにも欠かせない。
「聴く」は「積極的傾聴」。先入観にとらわれず、耳で目で心で相手を受け止めながら話を聴くことだ。目を合わせてうなずく、相づちを打つなど、関心を持って聴いていることを表情や動作、姿勢で伝える。
「訊く」は適切な質問を通して、話の本質を明確にしたり、情報を収集したりすることだが、詰問にならないように気を付けたい。筆者がアナウンサーをしていたとき、インタビュ一時には質問の使い分けをしていた。最初はオープンな質問だ。「最近、調子はいかがですか」「今どんなことに興味を持っていますか」など、広く自由に答えられる質問でリラックスして話してもらう。会話の糸口をつかむとともに、相手の興味 関心?現状などを把握するのに効果的だ。
その上で話を掘り下げたり、話題を絞り込んだりするときには、クローズな質問に切り換える。「AとBならどちらをしてみたいですか」「具体的な目標を教えてください」など、限定した質問に答えてもらうことで話をまとめていく。
◆相手を尊重し理解に努める
仕事でも、オープン質問で相手の状況をつかみ、クローズ質問で事実確認や今後の方策を探っていくというように使える。もちろん、「訊く」ときも、相づちやうなずきなど聴く姿勢の基本、相手を尊重し、理解しようとする前提を忘れてはいけない。
「聞く力」を掲げてきた岸田政権だが、過日、伊藤環境相と水俣病被害者団体との懇談で、環境省職員が発言時間を超過した発言者のマイクを切ったことが問題となった。大臣が謝罪し、今後、見直す方向だということだが、「聞く」ポーズだけで、そこに目的も誠意もなければ、果たして信頼は回復できるのだろうか。
聞き手を引きつける三つのスキル
第8019号 2024年3月11日(月) [印刷用PDF]
◆関心を持ってもらう話し方の工夫
新年度から「部署が変わり、大勢の前で話をする機会が増える」「責任が重くなり、より相手の納得を引き出す話し方が求められる」という人もいるだろう。
プレゼンテーションの3P(Purpose=目的、People=対象、Place=場所)を押さえ、文章力もあり、構成も論理的、声も明瞭で聞きやすい…。それなのに、話が聞き手の印象に残らず、流されてしまう人と、聞き手を引きつけ、共感や納得を引き出す人がいる。この違いは何か? それは、聞き手との間にブリッジを架けることを意識できているかどうかだ。
聞き手に伝わってこそ、目的を果たせる。完璧な文章であっても、一方的な話し方では伝わらない。「ブリッジを架ける」とは、聞き手に関心を持ってもらい、聞き手を巻き込みながら、ゴールまで共に進んでいくことに注力した話し方の工夫のことだ。例えば次に挙げる三つのスキルがそうだ。
◆「展開していく力」と「言い換える力」
まず求められるのは、「展開していく力」だ。項目から項目に移る際に「では次に2番目の…」「次は…」と淡々と羅列するのではなく、「今、ご説明してきた〇〇に関して、次に●●の観点から掘り下げてみましょう」「そして次にキーワードになるのは〇〇です。なぜなら…」のように、次の項目へのブリッジになる言葉を意識的に使い、期待感を持たせつつ、各項目の位置付けを整理しながらストーリーを展開させることで、聞き手を引きつけることができる。
二つ目は「言い換える力」で、代表的なものとしては次の方法がある。一つは、「抽象的な表現を具体的に言い換え、理解度を上げる」ことだ。「抜本的な人口減対策の推進を検討」のような表現で終わるのではなく、「何を」「いつまでに」「どういう方法で」「どのレベルまで」と表現を具体化し、数字で示したり、「その結果、暮しの中で何がどう変わるのか」を身近な事例でイメージさせたりすることで、聞き手の理解を進める。
「適切な引用で聞き手との共通基盤をつくる」ことがもう一つの方法で、高難度の専門的な話もキーワードや例え話でイメージ化して落とし込む。「〇〇とは一言で言うと…」と、本質を30秒程度の分かりやすいキーワードで表現したり、「雨で濡れた傘を回すとしずくが飛び散ります。それと同じ運動を利用した技術です」のように、イメージが容易な例を挙げて伝えることだ。
◆ポイントを伝え直す「要約する力」
三つ目のスキルは「要約する力」で、これから話すこと、話してきたことのポイントをまとめて伝え直すことが大事になる。導入部で今から話すことを要約すると、注目ポイントがあらかじめ明確になり、聞き手はそれを念頭に置きながら聞くことで、主体的、能動的に参加することができる。また、締めくくりに、重要な点をまとめとして押さえ、「きょうの話を振り返ってみましょう。キーワードは三つありました」のように印象に残すことで話の定着度が高まる。
より伝わる話し方が求められる立場になったら、話の内容だけではく、聞き手を置き去りにせず、巻き込んでいくための工夫にも力を入れ、話し方のステージを上げよう。
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